プロバイダ責任法4条を巡る若干の考察について

2004年4月5日
弁護士法人淀屋橋・山上合同
弁護士 藤 本 一 郎




第1 はじめに
 昨年,プロバイダ責任法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)関係で重要な下級審判例がいくつか出た。

 まず,プロバイダ責任法が何か,について,誤解を恐れずに不正確にいえば,これは,「情報の流通」によって権利侵害がされた者へ,プロバイダ等に対する,送信防止措置(=侵害表現行為の削除(3条))を求める権利(※不正確である)と,侵害表現を行った者の情報の開示の権利(4条)を認め,また,プロバイダに対し,表現者と権利侵害されたと言う者との間で板挟みとなる場合の一定の免責措置を認めた法律である。

 本稿では,第1に,第4条の開示請求が実るまでの道のりにつき若干の言及を行い,第2に,その過程で通常発生し得る「経由プロバイダ」に対する開示請求に関する問題に言及する。これは,昨年,判例上多いに争われた問題を含んでる。

 また,併せて,4条を巡る若干の問題にも言及をしようと思う。

第2 開示請求の道のり
1 第4条に基づく発信者情報の開示請求の要件

 情報の流通により名誉・プライバシー権等権利を侵害されたと主張する者(以下,「被害主張者」という。)は,開示関係役務提供者(プロバイダ等のうち,当該情報の流通に使われた設備の提供者等,以下,「プロバイダ等」という。)に対し,第4条第1項所定の2つの条件(@侵害の明白性,A開示の必要性)を満たす場合には,発信者情報(発信者の氏名,住所,IPアドレスなど,なお,開示可能な情報については,『特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律第4条第1項の発信者情報を定める省令(平成14年総務省令第57号)』)の開示の請求ができる。

 発信者情報の開示は,直接発信者のプライバシー権等と衝突するため,以上のような厳格な要件に絞って,開示を認めることとした。送信防止措置(第3条関係)は比較的容易に行われるものの,まったくの任意交渉で,プロバイダ等から発信者情報の開示が行われることは,余り期待できない。

 そこで,通常は,Aを明らかにするためにも,裁判によってかかる請求を行う。

 なお,(社)テレコムサービス協会の策定する書式及び同協会の推奨する開示請求手順については,こちらを参照されたい。

2 発信者情報開示請求は,2度必要となる場合が多い

 第4条が発信者のプライバシーに3条以上に配慮する規定となっているため,発信者情報をプロバイダ等から取得するのは,任意手続では困難を伴う。多くは訴訟によって解決することとなると思われる。

 しかし,被害主張者が,掲示板やチャットの管理者であるプロバイダ等に対し訴訟を提起すれば解決する問題ではないことが多い。それは,次のような事情による。
A)発信者(2条4項)
 (インターネットに接続:接続を行う「経由プロバイダ」)
 ↓@  情報の記録または入力
B)掲示板などのウェブサーバー
 ↓A  
C)不特定の受信者

 被害主張者は,まず,掲示板などのウェブサーバーの管理者に対し,発信者情報の開示を請求する。しかし,掲示板などの管理者は,発信者情報の全てを知っている訳ではない。例えば,「2ちゃんねる」に書き込みを行う際,発信者は,何らの個人情報を入力することがなく書き込みを行うことができる。せいぜい,「2ちゃんねる」の管理者は,発信者がウェブサーバーに残した「アクセスログ」等一部の情報を知るだけである。従って,権利侵害を主張する者が掲示板管理者に開示請求を行っても,そこで開示される情報は,「アクセスログ」など,ただちに個人の特定を行うことは難しい情報に限られる。

 しかし,この「アクセスログ」を解析すると,発信者が当該掲示板など(のウェブサーバー)に書き込みを行った際の「インターネットプロトコルアドレス(IPアドレス)」という情報が分かる。これは,「218.162.10.185」など,16進数2桁×4つの数字で構成されている情報であるが,「IPアドレス」によって,どのプロバイダを経由して発信者が当該掲示板などのウェブサーバーに書き込みを行ったかが分かる。また,当該掲示板の管理者が発信者の「電子メールアドレス」を知ることができた場合,当該電子メールアドレスが商用のものであれば,当該プロバイダを経由して発信者が当該掲示板などのウェブサーバーに書き込みを行ったことが推認可能である。

 このような,発信者と掲示板などのウェブサーバー間の情報を媒介するプロバイダのことを「経由プロバイダ」というが,経由プロバイダは,掲示板の管理者よりもより発信者に近く,上記@の通信(の一部)を媒介する者である。例えば,商用プロバイダであれば,課金の関係から,発信者の正確な住所氏名等を知っている可能性が高い。

 そこで,発信者情報を求める被害主張者は,まず,掲示板などの管理者などに「IPアドレス」等の開示を受けた上で(第1の開示請求),「IPアドレス」等に基づき判明した,「経由プロバイダ」に対し,発信者情報の開示請求(第2の開示請求)を行うこととなる。

 要するに,通常の掲示板への書き込みに関し,発信者を知ろうとする場合,2回の開示請求手続が必要となり,(任意に応じてくれない場合は)2度裁判をせねばならない,ということになる。

第3 問題の所在:2度目の開示請求の可否
 しかし,「第2の開示請求」に関し,東京地判平成15年4月24日(ソネット事件)は,被害主張者が,発信者情報を保有していると思われる経由プロバイダであるソネットに対し,発信者情報の開示請求をしたところ,これを認めなかった。

 この判例は,経由プロバイダは,「開示関係役務提供者」に当たらないという判断を示した。

 上記判例は,上記第2記載の図の@とAの通信のうち,法2条1項が定義する「特定電気通信」には,Aしか該当しないと判示した。なぜなら,同条項の「送信」(図のA)は,法2条4項のいう発信者の行う「情報の記録又は送信装置への情報の入力」(図の@)とは,区別されており,@は,発信者と,特定電気通信役務提供者間の1対1の電気通信であって,不特定多数への情報の「送信」に該当しないと考えたのである。

 しかし,このように考えると,経由プロバイダに対する開示請求は認められないということになり,プロバイダ責任法をもってしても,発信者が誰であるかを知ることはほとんど不可能となる。それでは,インターネット上の掲示板等に開示請求を行っても,ほとんど個人情報を取得できないことになり,プロバイダ責任法第4条の趣旨はほとんど達成されないことになる。

 思うに,発信者の行う,ある掲示板(のウェブサーバー上)への情報の送信(図@)と,当該掲示板(のウェブサーバー)から不特定多数の受信者への情報の送信(図A)は,一体となった,発信者から不特定多数への情報の送信と見るのが妥当である。

 なぜなら,発信者から掲示板などのウェブサーバーへの情報の送信(図@)は,この部分だけを取り出せば1体1の通信となるが,それだけで独立の通信としての意味を有するものではなく,発信者から不特定多数の者へ情報発信を行う過程の不可欠な一部を構成するからである。

 従って,発信者から当該掲示板のウェブサーバーまでの情報の送信も,発信者から不特定多数への情報の送信という「特定電気通信」の一部となる。故に,「経由プロバイダ」も,「特定電気通信役務提供者」に該当する(同旨,東京地判平成15年9月17日,DDIポケット事件,最高裁HP参照)。

 同趣旨の判例が現在散見されるようになっている。例えば,東京地判平成15年9月12日(WinMx事件,最高裁HP参照),東京地判東京地判平成15年11月28日(金融商事判例1183号51頁)などである。

 昨年1年,この問題は,この分野に興味を有する実務家や学者の高い関心を集めたところであるが,近時の判例の集積を見る限り,「経由プロバイダ」は「開示関係役務提供者」には当たらないという理由で,開示請求をはねつけることができるという主張は,通らなくなったと考えるのが妥当である。

第4 その他の問題
 4条を巡る問題では,前述の経由プロバイダ問題がもっとも大きい問題であるが,あと2つの問題を指摘しておく。

1 仮処分の可否

 サーバ上のデータ(アクセスログなど)を削除されないよう保全する仮処分は可能としても,情報そのものを開示させる仮処分が可能か否か。一般には否定的に解されてきたと思われる(これが可能となれば,本訴は不要となる)が,近時,例外的事案とも思われるが,開示仮処分を認める決定が出た模様である(東京地決平成16年1月16日、判例集未掲載。なお、近時の新聞記事では、別の事件でも同種決定が出たとの報道があった)。

2 管轄の問題

 上述の判例でも気付かれたかもしれないが,判決は東京地裁が多い。これは,プロバイダ責任法が管轄に関する特別の定めを置いていないため,普通に考えれば,被告≒プロバイダの住所地で訴訟提起せざるを得ないからである(普通管轄,民事訴訟法4条)。

 もっとも,かかる結論を硬直的に捉えれば,開示請求など,そもそも経済的に見れば大した利益のある事件ではないにもかかわらず,常に大手プロバイダの本社のある東京で訴訟を強いられることになり,一般の消費者から見れば,大変酷な結論となる。要するに,地方在住者は,余程カネがあるか,カネを相当かけても構わないと思うような事案でなければ,開示請求は実質的に行えないということになる。例えば,情報公開法では,高裁のある地方裁判所での訴訟提起が認められているようが,このような一定程度の配慮がなければ,第4条の実質は,特に地方在住者において没却されてしまう。

 そこで,特に開示関係役務提供者の対応に,不法行為の成立が認められ得る不誠実さが認められるような場合においては,不法行為に基づく損害賠償請求をも併せて訴えを起こし,こちらに特別管轄(財産上の請求,民訴法5条)が認められることをもって,原告(被害主張者)住所地において,訴訟を提起することも,広く認められるべきである。

 なお,かかる問題については,当職が積極的に主張しており,神戸地方裁判所平成16年3月1日決定は,当職の主張を認めて,東京本社のプロバイダに対する開示請求事件につき,神戸地方裁判所における管轄を認めた(判例集未掲載,なお,抗告審である大阪高裁も本決定を追認し抗告を棄却(大阪高決平成16年6月7日))。

第5 おわりに
 プロバイダ責任法は,4条しかない条文のせいか,立法当初に予想しなかったような問題が今後も続出すると思われる。いまやインターネットは,誰もが利用するツールである。是非とも同法が積極的に活用され,プロバイダや一般利用者双方にとって,表現の自由と,プライバシーがバランス良く保たれるネット社会になるように,我々法律家も頑張っていかねばならないと思う次第である。

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