以上を踏まえた上で、私なりに、2025年の弁護士7万1000人の在り方を、独断偏見も交えた上で予想してみます。
需要と供給の関係
7万1000人とは、現在の約3倍ですが、法曹への需要が、現在の3倍になることはないと考えます。
既述のとおり、7万1000人という数字は、隣接法律職を含めて考えれば現在の米国並みです。しかし、米国と異なり連邦制を採用しておらず、また将来も採用しない我が国で、そのレベルまでの法曹需要の増大は全く期待できません。既述のとおり、民事訴訟のやり方がそもそも大きく違うので、訴訟1件あたりの弁護士報酬も全く異なりますが、これも大きく変化しないでしょう。訴訟件数そのものは、戦後ほぼ一貫して増加しており、米国並みにはならなくても増加するでしょうが、弁護士人数の増加に見合った急激な増加までは全く期待できません。訴訟外における法律業務についても、勿論現在の社会情勢を踏まえれば増加する筈ですが、人口減、特に労働人口の減少の影響や、日本の経済的地位の低下の影響もあり、その増加のペースは極めて緩やかなレベルに留まると思います。
また、法律事務所以外での弁護士需要がそれ程増えないでしょう。現在の米国のように就職できる人の40%以上が法律事務所以外に、という状況は発生しないでしょう。
現在の「弁護士なら優秀」というレベルと異なり、幸か不幸か、弁護士であっても優秀ではない層が増える結果として、現在のように(相対的に)安価でも優秀なリーガルサービスを期待すること自体は困難になると思われます。従って、優秀なリーガルサービスを提供できる一部の法律事務所は、現在よりも高い報酬を得て繁栄することができる可能性があると思われます。
逆に、弁護士報酬の自由化、隣接法律職との競争を考えると、優秀ではない弁護士の報酬は低下するか、完全成功報酬制への移行が進むでしょう。そうすると、そういう仕事に頼らざるを得ない事務所は経営が悪化し、そういう事務所で雇用される弁護士の給与は現在より低い水準になるでしょう。
弁護士事務所の勢力図
まず、いわゆる「トップローファーム」と呼ばれる法律事務所は、いま以上に繁栄をするでしょう。弁護士数の増大により、新規弁護士を雇いやすくなります。また、新人側としても、雇用に対する不安が今以上に大きくなる結果として、今以上に「お金」(給料)が持つ意味合いが増してくると思われますので、優秀な新人弁護士は、「トップローファーム」に抱え込まれる率が高くなると思われます。
ここでいう「トップローファーム」が、どういう顔ぶれかは分かりません。外資系がいまよりも伸びていることは間違いないでしょう。しかし、中国の経済成長もありますので、そこでいう外資系は、必ずしも欧米系ではないかもしれません。
もっとも大きい法律事務所は、日本人弁護士800人程度を抱えている可能性があります。しかし、連邦制である米国と異なり、もともと東京本社である法律事務所であれば、日本国内に余り支店を出す意義がありませんし(米国でも、1つの地域だけで800名も弁護士をかかえている事務所は、多分0か0に近いと思います)、あまり沢山の顧客がいればコンフリクトの問題も生じますので、1000人や2000人という単独の法律事務所は存在しないのではないかと予想します。仮にあり得るとすれば、むしろ大阪など地方に本社がある法律事務所が、幸運にも東京でも大成功をおさめる場合や、地域ごとに合併した事務所となるか、海外で大成功する事務所ではないでしょうか。いずれにせよ、連邦制ではない以上、道州制であっても、大規模事務所が東京以外で繁栄することは余り考えられないと思います。
中小の法律事務所は、人材を確保する点に苦労するかもしれません。その結果、現在であれば、一部上場企業であっても、従前からつきあいのあった小さな法律事務所に依頼するということがありましたが、今後は、特定の得意分野(例えば知財)がある場合を除いては、クオリティが維持できず、企業法務という観点からは衰退する可能性があります。
逆に中小の法律事務所でいまより生きていく可能性があるとすれば、団体訴権など消費者側に立つ事務所や、労働者側の事務所ではないでしょうか。経済的地位の低下(労働紛争の増加につながる)や団体訴権の法制化により、この種の事件は伸びていく余地が大きいと思われます。但し、マンパワーは必要とするものの、待遇面では伸び悩むでしょう。
取扱い分野によっては、隣接法律職にその仕事の大半を奪われる法律事務所も増えてくるものと思われます。特に、破産や債務整理、少額の訴訟問題を取り扱う法律事務所の中には廃業に追い込まれるところも出てくるかも知れません。
地方の事務所は、「トップローファーム」がわざわざ支店を出して来ないと思われますので、地域によっては現在とさして変わらない状況が維持できるかもしれません。しかし、優秀な人材を確保することへの困難が生じることは間違いないので、それができるかどうかが問題となるでしょう。
法科大学院卒業生のイメージ
まず、そもそも3割程度しか司法試験に通らないのですが、初年度新司法試験や米国の現状(最上位校・・・Berkeley, Stanford, UCLA・・・は難関のカリフォルニア州司法試験(合格率約50%)でも初回受験生で90%程度の合格率を維持している)を見ていても、上位大学(合格率上位5位までの法科大学院)であれば、少なくとも3回目までの試験までに、司法試験に合格する人が8〜9割に達するのではないでしょうか。これらの人は、多くが従前通り裁判官・検察官・法律事務所勤務の弁護士という道に進むでしょう。あるいは、国家公務員の道や、極めて待遇の良い企業内弁護士を選ぶ人もいるかもしれません。
彼らの勤務する法律事務所は、いわゆる東京の「トップローファーム」や、有力なブティック事務所、地方の超有力事務所など、比較的成功が約束されている事務所でしょう。年収も、現在と同じように、初年度から少なくても600万円、良い場合は1000万円を超えるものが約束されるでしょう。外資系を中心に1500万円を超えるような場合もあり得るかもしれません。
ただ、「トップローファーム」に入った「エリート」の将来が本当に100%確実かといえば、そうではないでしょう。ピラミッド自体は大きくなるのに、既述のとおり、米国並みの法律需要の拡大が起こらない結果として、現在の日本・現在の米国よりも、ピラミッドの底辺層にいる弁護士(新人弁護士)がパートナー(経営者弁護士)になれる確率は低くなるでしょう。「エリート」が比較的大事にされる中位の事務所と比べると、トップローファームの内部でも、「勝ち組」と「負け組」がいま以上に鮮明に区分されることは間違いないでしょう。
中位の法科大学院の卒業生は、先ず司法試験に通るモノと通らない者で明暗を分けるでしょう。通るものは、法律事務所などで勤務することができるでしょう。しかし、「トップローファーム」で勤務することは一般には難しく、投資に見合う収入を得られる地位に就けるかどうかは微妙です。おそらく、初年度年収は現在の貨幣価値で400万円程度に落ち着くでしょう。他方不合格者は悲惨でしょう。ただでさえ文系大学院者に対する視線は厳しいのに、「法科大学院に行ったのに合格しなかった」というレッテルが貼られる訳です。この救済策は、おそらく隣接法律職と公務員ということになるでしょう。司法書士試験や行政書士試験、税理士試験等、あるいは、公務員試験が、このような人のたまり場になることは確実です。しかし、現在でもこれらの資格を取得しても必ず働けるという保証はなく(特に行政書士は厳しい)、公務員は削減の方向にあり、本当にどうやって生きていくのか、悩む日々を送るでしょう。従前であれば、例えば塾の先生といった道があったかもしれませんが、少子化が追い打ちをかけます。
下位の法科大学院の卒業生は、司法試験に受からない者も悲惨ですが、受かった者も悲惨です。上述のような7万1000人という弁護士人数と需要の関係からすれば、また合格者の質的なばらつきから、さらには中小の事務所の経営難から、彼らを採用する法律事務所は殆どないでしょう。独立するにも、地域によりますが月に数万円以上必要となる弁護士会費(別途数十万円の登録費用)がネックとなり、せっかく合格したのに登録すらできないという人も出るでしょう(その結果、単純な合格者数を基礎とした計算で算定された2025年に弁護士が7万1000人という予想は下方に修正されるかもしれません)。親が比較的裕福であれば、親の支援を仰ぎながら、自分で法律事務所を立ち上げるというスタイルが一般的になるかもしれません。その中には、営業力があり、あるいは既存の法律事務所が提供しないような「ニッチ分野」で成功する事務所も出てくるでしょうが、全てではないでしょう。ただ、上述のように、東京以外での独立であれば、比較的成功の可能性が残されているかもしれません。あとは、あまり待遇の良くない企業内弁護士としての選択が多くなるかもしれません。
ところで、何をもって「上位」「下位」が決まるのでしょうか。1つの指標は、勿論司法試験合格「率」でしょう。合格率が低ければ学生は集まらないし、集まった学生の質が低いと見なされるでしょうから。ただ、これだけでは決まらないでしょう。逆説的ですが、全ての合格者が弁護士として稼働できない可能性があるとなれば、多数の法律事務所と良好な関係にある法科大学院の評価が高まるのではないでしょうか。また、法律事務所側も、優秀な人材確保のため、法科大学院とのつながりを求めるでしょう。米国では、上位の法律事務所が、法科大学院に多額の寄附をしていますが、日本で寄附という形になるかどうかは別として、お互いが優秀な人材とレピュテーションを確保すべく、法科大学院と法律事務所の繋がりは徐々に深くなっていくでしょう。
・・・このような状況となる結果、上位法科大学院は、人気も高まり、米国のように一層高い授業料を徴収することができるようになり、下位法科大学院は淘汰され廃校されるでしょう。2025年時点では、現在の法科大学院のうち、最低数校、多分二桁の学校が廃校となっている筈です。
弁護士会
もしも、新人弁護士のたまり場となるような弁護士会があるとすれば、そこは、既存の弁護士との間で、弁護士会費が高すぎるという紛争を生じさせ、中には、人数を背景に、年輩vs若手で会長選挙を争い、若手側が勝利し、一気に今までとは全く異なる弁護士会執行部を築き上げるようなところが出てくるかもしれません。このような動きを警戒し、既存の弁護士たちは、弁護士会費を逆に上げる方向で動くかも知れません。新人が入って来れない会費にすることで、自分たちの地域での競争を抑制しようとするのです。会費の中には日弁連としての会費もありますので、日弁連が予防的に様々な名目で漸次会費を上げてくることも考えられます。
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