1 本法は,児童を刑罰の対象としている点や,公安委員会に広く権限が認められているため,立法目的外の情報収集をするおそれがあるのではないか,また,通信傍受法同様,検閲に当たる恐れがあるのではないか,という点が問題とされている。
しかし,本稿では,規制の対象となる「インターネット異性紹介事業」(第2条)とは何か,を最大の問題として検討したい。すなわち,そもそも,本法の守備範囲はどこなのか,ということを,本法の立法趣旨等に鑑みて,具体的に検討してみたい。
2 まず2条2号を見ると,「インターネット異性紹介事業」について次のように定義する(@A・・・は当職が付したものである)。
『@異性交際(面識のない異性との交際をいう。以下同じ。)を希望する者(以下「異性交際希望者」という。)の求めに応じ,Aその異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達し,かつ,B当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メールその他の電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下同じ。)を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする役務を提供するC事業』
すなわち,@からCの全てを充足するサイトの運営,ということになるが,次の点に注意を要する。
(1) まず,@「(a)面識のない(b)異性との交際」について言及する。
(a)「面識」とは,一般には,顔を見知っている,という意味である。従って,リアル世界の知人友人関係に基礎を置くようなリアル者同士が通常入力すると思われるような掲示板等のサービスは,本法の規制外と解する。リアル世界に存在するクラブ・サークル等を基礎とする電子掲示板は,通常,面識のある者同士が投稿すると思われるので,規制対象ではない。
(b)「異性交際」とは,本法第6条の定め(児童に係る勧誘の規制)から逆に検討すると,有償・無償を問わない「性交等」を直接の目的とする交際である。つまり,純粋な「メルトモ募集」「恋人募集」「結婚相手募集」サイトは,本法の規制対象外である。「不倫相手募集」「援助交際相手募集」「セフレ募集」を意図するサイトが規制対象である。
但し,国会討論においては,「恋人が欲しいなとか,一緒に遊んだり語ったりする相手が欲しい,こういうのはやはり面識のない異性交際を希望する者か」との質問に対し,瀬川政府参考人が「該当する」と回答している。しかし,未成年者が,異性と語り合うことや出会うことの全てを規制する,かかる政府委員の解釈は,法の目的を超えており,不当である。
なお,上記政府委員の解釈によれば,いわゆる「メルトモ募集」「恋愛募集」サイトは全て@の要件を満たすことになる。不当な規制と思われるが、インターネット上でそのようなサイトを運営する者は、かかる政府委員解釈を前提としてサイトを運営すべきであろう。
(2) 第2に,ネット世界においてA「インターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達」するとはどのような種類のコンテンツを言うのか。
例えば,(a)いわゆる掲示板は全て該当するようであるが,会員制(会員以外は見えない)だったらどうなのか,(b)掲示板ではなく,チャットだったらどうなのか,メーリングリストやメルマガに情報が掲載されるという形態だったらどうか。
この点,(a)公衆とは,不特定かつ多数を言うが,交際情報の登録・閲覧の役務がいずれも会員にのみ対し提供され,かつ,会員に対し(形式的にIDとPASSWORDのみ設定されるというに留まらず,)所属する会が一定の規約の合意のもとに組織化され,会員も,少数か,または,相当な個人情報が登録される形で単なる不特定多数人の集まりではなく特定の個性の集まりであると言えるような場合は,「公衆が閲覧することができる状態に置いた」とはいえず,この種の掲示板であれば,本法の規制の対象とはならないと解する余地がある。
すなわち,上述@の点において,政府委員解釈に従い,いわゆる「出会い系サイト」全体(「メルトモ募集」も)が「異性交際」サイトであると解釈するとしても,実質的な会員制(特定または少数)の場合であれば,本法規制対象外と言い得る。
但し,特に「特定」性がどこまで備われば認められるかは,「面識がない」だけに争いとなりうると思われる。私は,一般の純粋な出会いサイトは,本来,@の要件(異性交際,の役務提供ではない)で規制対象から外すべきであって,特定性という点では,たとえ会員制であっても,厳しい解釈になるのが自然であると思う。要するに、サークル活動など、現実の面識を前提とするサイトではない場合であれば、「特定」とは言えないということである。近時のミクシー(Mixi)等は、会員制を謳い文句にしているが、明らかに「不特定」の者が参加しており、言うまでもなく「多数」が参加しているから、「公衆」性を充足してしまう。
次に,(b)掲示板ではなくチャットやメーリングリストだった場合については,国会でも議論となり,形式的には,チャットやメーリングリストについては,規制の対象外との答弁であった。
その根拠としては,チャットについては,サーバー等にデータが固定化されず,公衆が閲覧できる状態に「置いて」いない,というものであった。メーリングリストやメルマガについては,Bの要件である,相互の連絡可能な連絡先が通常付されていないというのが理由のようであった(なお,Bとの関係は後述するので,ここではメーリングリスト等の回答を留保する)。
確かに,チャット機能単独であればその通りかもしれない。しかし,例えば,最大のチャットサイトである「YAHOO!チャット」は,掲示板(個人の記載した「プロフィール」が会員であれば誰でも閲覧できるようになっている。なおYAHOO!チャットの会員が特定性を備えるかどうかは議論のあるところである)と組み合わせて存在している。現在の有力なチャットサイトは,いずれもAのうち,「閲覧することができる状態に置いた」の要件は充足すると思われる(チャット参加者にマウスのカーソルを持っていくと,個人情報の画面となり,そこに面識のない異性との交際の申込みが記載されるような場合)。
もっとも,上述のように,会員制システムの内容によっては,「公衆に」の要件を充足しない場合もあり得る。また,私の解釈によれば,いわゆる「アダルトチャット」以外は,仮に一般的な意味での交際を目的とする「出会い」ルーム等は,@の要件(面識のない異性との交際)を充足しない。
なお,政府委員の解釈による場合は,「YAHOO!チャット」の場合,チャットの情報自体はサーバーにずっと固定されないので直接の規制対象ではないが,掲示板機能の部分と一体となることによって本法の規制の範疇に含まれることになる可能性があると思料する。
よくよく考えると,Yahoo!チャットの場合,あくまでアダルトチャットや出会いチャットは全体の中のごく一部(但し人気がある)であり,このサイトは,異性交渉に利用できなくはないが,全体的に観察すれば,「出会い系」としての色彩は薄まる。このような場合に,本法の規制の対象となるのか,法律からは不明確きわまりないと思われる。
(3) 第3に,B「相互に連絡することができるようにする役務の提供」については、既に述べたメーリングリストやメールマガジンが問題となるが,チャットの問題と同様,これ単独であれば,相互連絡は無理であるので対象外だが,メーリングリストやメールマガジンに相互に連絡可能な手段(メール送信のためのフォームページへのリンク等が付されている場合)は,Bに該当する。
(4) 最後に,C「事業」性であるが,これは,争いなく,反復継続性があれば「事業」と認められると解釈されると思われるので,有料サイト・無料サイトを問わず,規制の対象となる。また,いわゆるプロバイダー規制法同様,プロバイダーでなくても,サイト等を運営をしていれば,規制対象となる。すなわち,一個人が,レンタルサーバーでちょっとした掲示板を開く場合であっても,@ABの条件に見合う掲示板であれば,規制の対象となる。
3 以上から具体的に,現在有力とされる「出会い系」サイトの規制対象可能性を検討してみる。
既に述べたYahoo!チャットは,部分的に観察すれば,「アダルト」ルーム等が規制対象になりうる。しかし,全体的に観察するとそうでもないと思われ,果たしてどうなるのか,不明である。
いま人気の「ミクシー」(Mixi)であるが、いかに会員制・かつ推薦がなければ会員になれないというシステムであっても、前述のとおり、Aの要件は明らかに充足する。BCも充足する。@異性交際のためのサイトか、という点で、私の解釈では,@の要件を満たさないことになるが、しかし政府委員解釈では@の要件を十分満たす。かかる理由から、ミクシー運営側も、会員を18歳以上に限っているのである。
しかし、ミクシーのようなSocial Networkの有用性に鑑みれば、かかる規制は、過度に広範だったのではないか、再検討をしても良いのではなかろうか。
|