中国M&Aの基礎

はじめに
2008年8月30日
藤  本  一  郎
弁護士(資格:日本、カリフォルニア州、ニューヨーク州)




 日本のM&A市況は今年やや低迷しているが、隣国中国は毎年4割程度の伸びを見せている。今年に入り、中国における外資によるM&Aは低迷の傾向を示し始めているが、全般的には活発である。中国をどのように評価するかは人によりけりであろうが、隣国中国が何色に染まるのかを決める上でも、我が国の資本が中国に流れること自体はむしろ積極的に評価されるべきであろう。

 ただ、中国に投資する以上は、中国のM&Aについてきちんと知ることは大事である。本稿は、日本及び中国におけるM&Aをいま正に経験している弁護士が書くものであり、参考にして欲しい。 

 なお、引用した中国の法律の翻訳は全て私の独断によるものであり、一般的な日本語訳と異なる場合もあることを付言しておく。

1 中国M&Aの法的手法
日本のM&Aと中国のM&A

 まず、中国M&Aの手法とはどのようなものがあるのだろうか?

 いきなり中国法上の問題を考えると分かりにくくなるので、日本法上のM&Aの手法がどのようなものがあるかをまず考えてみよう。

 会社というハコには、(1)持ち主としての株主があり、(2)そのハコ(会社)があって、(3)ハコのなかに広義の財産(資産・負債・契約など)が入っている。M&Aは、そのいずれかを動かすものである。

 もっとも基本的なM&Aの手法とは、(1)持ち主である株主を変えることである。具体的には、株式の譲渡があるが、譲渡についても、大株主から相対で譲り受ける場合と、上場会社について公開買付をする場合があり得る。更に、第三者割当増資を受けることによるというやり方もある。株式移転や株式交換も、これを組織的にやってしまうことである。

 (2)ハコ自体を変えてしまう手法は、合併・会社分割が考えられる。ハコの中身を個別に移転させるよりも包括的に移転させやすいという点があるが、包括的に移転させる以上、過去のリスクも承継する可能性がある。

 (3)ハコの中身をいじる方法としては、事業譲渡が比較的包括的な移転方法としてあげられるが、これ以外にも個別に売買や代物弁済等を通じて移していく方法もある。

 これらの手法に組み合わせるのに適した方法としては、会社更生や民事再生といった倒産法がある。負債を圧縮することができる外、過去のリスクを新会社に承継させないという点でもそのメリットは大きい。


 それでは、中国においては、以上の手法が使えるのだろうか?

 まず、(1)ハコの持ち主の変更である株式譲渡は可能である。また、上場会社について公開買付を行うこともできる。第三者割当増資もできる。株式移転・株式交換は、法制度として会社法には規定されていないが、「外国投資者による境内企業買収に関する規定」27条以下には株式交換的な手法が、買収をしようとする外資が海外上場会社である場合に利用できる旨規定されている。

 (2)ハコ自体を変えてしまう手法は、中国でも合併・分割という手法がある。

 (3)ハコの中身をいじる方法としては、中国では日本法でいう事業譲渡のような包括的譲渡手続は会社法上は規定されていない。しかし、前述「外国投資者による境内企業買収に関する規定」はいくつかの関係者保護規定を置いており、全く通常の資産の売買と同じとは言い切れない。

 中国でも企業破産法が昨年施行され、重整や和議と呼ばれる手続を利用すれば、会社更生や民事再生に似た効果を得ることはできる。

 ・・・こう見ると、日本法でできるM&Aの手法は、基本的に中国法でもできるように思われる
 じゃあ中国法は全く難しくない!日本法と同じ感覚で考えて良い!のか。答えはNOである

 一番の問題は、外資が株主か、中国資本が株主かによって、そもそも法人格の種類が変わり、様々な手続が変わるために、上述のM&A手法まで変わってしまうことである。


中国の企業の種類と法規制

 まず、中国法における企業と会社(中国語では「公司」)の相違を正確に理解しよう。

 企業とは、事業体を指し、法人格の有無を問わない。中国語で「個人独資企業」と言えば個人事業主のことであり、法人格を持たない(しかし設立手続を踏む必要はある。「個人独資企業法」を参照のこと)。

 他方会社といえば、法人格を有する。会社法は、有限責任会社と株式有限会社の2種類の会社を予定している。この2種類の相違は、日本における旧商法の有限会社と株式会社の相違に近い。

 外資であろうが、中国資本であろうが、会社といえば、有限責任会社又は株式有限会社であることが一般である。しかし、外資であれば、その設立・資本・運営・組織変更・解散のかなりの部分について、会社法の特則としての手続が多数適用される。そこで、「外資企業有限責任会社」「中外合資有限責任会社」「中外合作有限責任会社」「外商投資株式有限会社」といった名称で呼ばれる。それぞれ会社法とは別の法律又は行政規則の適用を受けてしまう(中国会社法218条)。

 すなわち、例えば日本の親会社の資本が100%入った中国法人など、外資が100%の有限責任会社については、「外資企業法」及び「外資企業法実施細則」の適用を受け、中国と外国の合弁企業については、企業類型により「中外合資経営企業法」及び「中外合資経営企業法実施条例」の適用又は「中外合作経営企業法」及び「中外合作経営企業法実施細則」の適用を受ける。株式有限会社についても、外資が25%以上で設立される場合は、「外商投資株式有限会社の設立の若干の問題に関する暫定規定」の適用等を受ける。

 どの位中国資本の会社と外資の会社の規定が異なるかの1例として、最高権力機関について述べておきたい。会社法上の有限責任会社と株式有限会社の最高権力機関は、株主総会(中国語で、前者の場合は「股東会」、後者の場合は「股東大会」)である(会社法37条、99条)。しかし、中外合資有限責任会社では、取締役会(董事会)が最高権力機関であると定められている(中外合資経営企業法実施条例30条)。しかししかし、外資企業有限責任会社(いわゆる独資)の場合は、特別法の規定が曖昧であったために現在では会社法の適用があって株主総会であると理解されている。同じ外資の入る会社でも、独資と合弁で異なっている。

 これらの基本的な外商投資企業(上述の4種類の外資系会社をまとめて「外商投資企業」と呼ぶことが多い)全般のM&Aについては、別途既に述べた「外国投資者による境内企業買収に関する規定」や「外商投資企業合併と分割の規定」「外商投資企業投資者の株主(中国語で「股権」)変更の若干の規定」など様々な特別規定がある。外資と中国内資で全く異なる法人格と法規制をしているがために、両方が交錯するようなM&Aは特に複雑となる。

 更に、中国M&Aの理解を難しくしているのが国有会社の存在である。

 すなわち、ある会社の資本を国が握っている場合、その会社の資産は(間接的に)国有財産となる訳だから、特別の保護がなされる。あくまで一例であるが、「企業国有資産監督管理暫定条例」という条例では、国出資の企業の重大事項決定について人民政府の批准(許可)が必要であること、国出資の会社について如何に監督管理するかについて定めがあり、「企業国有財産権譲渡管理暫定弁法」では、国の資産の譲渡(国の出資する会社の株式譲渡を含む)を行う際に関する基本的な規定があります。後者の13条が定める、国有資産売却の場合は資格を有する者の資産査定結果の90%を下回る価格では売ってはいけないという規定と、14条の、国有資産譲渡の場合は公に買主を募集しなければならないという規定は、特に重要である。

 また、実務上、上場会社の多くがもともとの国営企業であったために今も多くの株式を国が保有しており、流動性に乏しいことも問題といえよう。

2 誰が日中M&Aに精通しているか?
中国人律師を見極めることができる日本人弁護士を見つけろ!

 このように複雑な規定となっているために、中国人律師(中国弁護士)であっても、誰もが外資による中国M&Aに精通している訳ではないことは、すぐに理解できよう。

 一例といえるかどうか分からないが、私は、これはM&Aではないが、ある外商投資株式有限会社の設立について、中国人律師が準備した定款(中国語で「章程」)が、実は中外合資有限責任会社の場合に備えるべき内容を規定していて、全く使い物にならず、全て作り替えたという経験がある。日本の旧商法時代の有限会社と株式会社の存在比率と異なり、中国の株式有限会社の場合は、最低資本金が高く設定されていることもあって、有限責任会社が多く存在している。加えて、外商投資企業において、外商投資株式有限会社の絶対数が少ないので、一般の中国人律師では、その定款すら作れないということが生じたものと思われる。

 そうすると、中国の律師で、このような国際的なM&Aを取り扱う者は限られ、結果としてそのような弁護士が存在する事務所の弁護士報酬が馬鹿高くなっている。日本の弁護士を使うよりも高いということは珍しくない。他方、有名な中国人律師が所属する法律事務所はどこも日本以上に急速な拡大傾向を採っていて、その有名な事務所にお願いしても、有名な弁護士が直接担当してくれなかった場合、入ったばかりのアソシエイトが担当することになるが、そのアソシエイトでは、外資の問題について余り経験がなく、とんでもない間違いを犯すこともある。これも私が実際に今年出会った経験であるが、ある契約書について、日本法上にしか存在しない様々な概念をそのまんま中国国内における中国法を準拠法とする契約に全部盛り込んでしまって作成されていたが、その監修を行ったのは、どことは言えないが日本企業をクライアントとしていることで非常に有名な中国の法律事務所であった。

 他方、日本人弁護士に1から100まで全部やらせると、日本人弁護士は中国において中国法を取り扱う権限が認められていないので、これも問題となる場合がある。

 結局、日本企業をクライアントとする日中M&Aであれば、日本人弁護士と中国人律師の協同作業となるように弁護士を使うことが大事である。特に重要なのが、中国人律師を見極めることができるだけの日本人弁護士の能力である。

 多くの日本企業が、この点を軽視して、中国の法律事務所を転々と切り替え、それぞれで痛い目に遭っているのを横目にするが・・・。

3 M&A手順における基礎
(1)基本手順

 中国におけるM&Aであっても、基本的に、

(i) 事前交渉
(ii) 秘密保持契約などの基本契約の締結
(iii) デューディリジェンス
(iv) 正式契約の調印
(v) クロージング

 という日本的なM&Aの流れと大きく変わるところはない。

 流れに関し変わる部分があるとすれば、代表的なところでいえば、

(a) 内資企業を買うのであれば、外商投資企業となるために、それだけで法人格の変更が必要となること
(b) (外商投資企業の場合)工商行政管理局に登記申請を行う前に、商務部の下部組織においてその手続の批准(許可)を得ておく必要があること
が代表的な相違点(いずれもクロージングにおける手続が増加するということになる)である。

(2)事前交渉にける留意点

 事前交渉段階で最低限留意すべき点として挙げるべきこととしては、本当にその事業を買うことができるのか?という点である。

 というのも、中国では、様々な事業について、外商投資企業に行わせることができるか否かについて、4分類(「奨励類」「許可類」「制限類」「禁止類」)に分類して、奨励したり制限したりしているからである。買いたい事業の種類によっては、買えないということがあり得る。例えば、トヨタなど日系の自動車産業は多数中国に進出しているが全て合弁形式である。何故か?それは、外商投資企業による自動車の製造については、外資比率が50%を超えてはならない、という制限が課せられているからである。

 次に留意すべき点としては、中国相手方の話だけを信用しないことである。

 当然、売りたい側は良い事しか言わない。事前交渉の段階から、自分の味方となってくれる専門家をきちんと雇用することである。専門家雇用の費用はかかるが、M&A全体の成否がかかっているのであるから、ここでそれをケチるべきではないし、そこでケチる位なら、そのM&Aは止めた方が良い。

 なお、M&Aの対象企業は中国企業であるが、当事者は日本企業同士であるということも良くある話である。すなわち、Aという日本企業が中国子会社A’を持っていて、Bという日本企業が、このA’またはAそのものを買収するという場合である。A’を買収する場合に中国法上の検討が必要となるのは勿論であるが、Aを買う場合であっても、やはり必要である。何故ならA’がAの子会社だったからといって、何ら違法状態がないとは言えないからである。

(3)秘密保持契約などの基本契約の締結時の留意点

 相手方が中国人・中国企業である場合は、秘密保持契約を締結しても、なかなかデューディリジェンスに協力してくれないという問題点があり得る。すなわち、秘密保持契約だけで手の内を見せることに対し、日本人・日本企業以上に心配をするのである。この場合、必要なの停止条件や解除条件を加えた正式契約を先に調印するというのも手である。

 秘密保持契約や基本契約も契約であり、これを日中間で締結する場合は、準拠法や管轄が問題となるが、中国法実務をやる者では当然だとは思うが、日本の裁判所の判決を中国で、中国の裁判所の判決を日本で執行することがそれぞれできない状態となっているので、留意する必要がある。執行可能な契約とするつもりがあるなら、中国国際経済貿易仲裁委員会(CIETAC)や日本商事仲裁協会における仲裁とする旨の条項を入れておくべきであろう。

(4)デューディリジェンスにおける留意点

 日本におけるデューディリジェンス(DD)とは、通常、法務・会計/税務・事業について行われるが、会計/税務については行われても、事業や法務について行われないことが従前は多かった。事業については自ら判断できるとしても、法務をやらないことには大きな問題があった。しかし、近時は法務DDの重要性が日本でも認識されるようになり、少なくともこの部分だけは弁護士にやらせるということが一般的である。

 中国M&Aにおける法務DDは、日本以上に重要である。

 第1に、違法な部分が非常に多いからである。違法の程度を見極めながら、真に買う価値のある事業かどうか、微妙な判断を迫られる。中国M&Aで法務DDなしは、まずあり得ない。

 第2に、法務DDの報告書のような客観的書類に、中国人が弱いということも挙げられる。お上に弱いのは日本人だけではない。相手にM&A前に改めてもらいたい事項を法務DDで列挙させることで、その点の改善を条件にM&Aするのである。そのような交渉は、法務DDの報告書なしでは、「中国では(違法でも)当たり前」の声を前に、M&Aを諦めるか、違法でもしぶしぶ買うかの二者択一を迫られるだけとなる。

 第3に、日本では何も疑問に思わないことが中国では違法であることが良くあるからである。

 例えば、日本では土地所有者が何を建てようが、基本的には自由である。しかし、中国では、そうはいかない。いま目の前に工場があるとしよう。その土地の所有者は、国家か農民集団(中国語で「集体」)のいずれかであるが、農民集団の所有である場合、工場という用途に使うことはできない。しかし「農民用住宅」の名目で工場が現に建ってしまっていることがある。そんな工場は、いつ撤去が命令されるか分からず、怖くて買えないのは当然である。

 或いは、様々な契約が、「登記」(我が国の「登記」よりは広義であり、例えば結婚も「登記」が必要)を要求されていて、「登記」をしていないことが違法である場合や、その結果無効となる場合も多い。様々なライセンス契約を我が国で登録することは稀であるが、中国では登録する義務があり、これを破ると、種類によっては無効となる可能性がある。

 ところで、中国M&Aにおける法務DDを担当するのは、主として中国人律師であると思われているが、実務では、日本人弁護士も想到程度加わることが多い。1つには中国における法務DDが未だ成熟していないことが理由として挙げられよう。また、中国人律師によっては、一般に大きな幹の部分での問題点を見つけるが、細部については重視せずに報告書にも記載しないことがないとは言わない。逆に、いつも定型的に見つかる問題だけを書く方もいる。大抵は、日本人弁護士と中国人律師のチームによって法務DDがなされ、それがベストである。

(5)正式契約・クロージングにおける留意点

 この辺りは、事案によるとしか言いようがないが、中国M&Aのクロージングは、我が国よりも面倒なことが多い。これを一挙に解決する手段として、中国における外商投資企業を保有する株主である外国企業そのものを買収するということがあり得る。例えばAという中国企業は、香港企業であるBの100%子会社である、という場合に、Aの株式をBから購入すれば、前述の商務部下部組織における批准などの手続を経る必要があるが、B社そのものの株式を取得してしまえば、香港におけるB社の株式譲渡の手続は必要であるが、中国国内のAの株主は変更がないので、中国国内における手続が原則として不要となる。

4 結語
 このように、中国M&Aには、我が国にはないような法的問題が存在する。我が国のM&Aにおいて弁護士を活用するのは勿論であるが、中国のM&Aであれば尚更弁護士を活用して十分な法的問題の検討をするべきである。早期に信頼できる弁護士に相談することが、非常に重要であると考える。

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