中華人民共和国 不動産賃貸借契約と登記義務の関係

はじめに
2007年11月14日
藤 本 一 郎




 中華人民共和国では、不動産賃貸借契約を締結すると、その登記を行う必要がある。では、この登記は如何なる効力を有するのであろうか。簡単に考察してみたい。

 なお、引用した法律の翻訳は全て私の独断によるものであり、一般的な日本語訳と異なる場合もあることを付言しておく。

1 問題の所在
 日本企業が、個人が、中国で仕事をする際に、ほぼ100%必要となるのが、不動産賃貸借契約[房地産租賃合同](※[カッコ]内は中国語表記、但し日本語に相当する漢字を用いるので全く同じではない)であろう。

 日本では、不動産賃貸借契約につき登記義務というものはなく、また、借地借家法によって建物賃貸借契約の場合占有が対抗要件となることもあり、不動産賃貸借契約を締結して更にこれを登記することは稀である(ちなみに中国では、日本民法605条が実態(借地借家法の存在による逆転化)よりも大きく理解され、日本も不動産賃貸借契約につき登記しなければ対抗力がない、という国であるように誤った理解をしている方が多いようである。)が、中国では、法律で登記が義務づけられている(例えば、建物につき、都市不動産管理法[城市房地産管理法]53条、都市不動産賃借管理弁法[城市房地産租賃管理弁法]14条、土地につき、土地登記規則30条)。

 しかし、現実には、建物不動産の賃貸借契約のうち、登記がなされているのは余り多くないのだという。また、上述の都市不動産管理法53条でも、「賃貸人と賃借人は」「登記申請しなければならない」と規定し、都市不動産賃貸借管理弁法でも、「建物賃貸借当事者は賃貸借契約締結後30日以内に、この弁法15条に定める文書を持参して直轄市、市、県の人民政府不動産管理部門に出向き登記申請手続きをしなければならない」と定めるだけであり(土地登記規則30条も、15日以内に登記せよと規定する点以外はほぼ同様)、この登記をしなかった場合どうなるかについては、明記されていない。

 この点、中華人民共和国契約法[中華人民共和国合同法]44条では、「法に基づき成立した契約は、成立した時点で効力を発生するものとする。法律及び行政法規により契約の効力に関しては承認、登録等の手続を経なければならないと規定されている場合は、その規定に従う。」と規定され、必ずしも意思主義によって契約が成立するばかりではなく、登記手続などが経られて初めて契約が成立し得ることを認めている。従って、上述の都市不動産管理法53条が、かかる登記を効力発生要件と認める趣旨と解釈できない訳ではない。

 この点若干の参考になると思われるのが、近時成立した物権法である。物権法9条は、『不動産物権の発生,変更,移転,および消滅は,法にもとづき登記することによって効力が発生する。登記されない場合,効力は発生しない。但し,法律に別段の規定がある場合はその限りではない』と定める。つまり、中国の物権法上、原則は登記により効力が発生するという立法となっており、我が国と全く異なるのである。

 つまり、不動産賃借権についても、物権同様登記によって賃貸借契約の効力が発生するという考え方(登記効力発生主義[登記成効主義])と、賃貸借契約の効力は登記を待たずに発生し、ただ、登記を経ていないと、第三者に対抗できないという考え方(登記対抗要件主義[登記対抗主義])があり得る。

2 不動産賃貸借契約における登記「対抗要件」主義の採用
 この点、参考になるのが、最高人民法院『「契約[合同]法」を適用するに関しての司法解釈(一)』第9条である。
 同解釈基準は、次のように規定する。

「契約法44条2項の規定に基づき,法律,行政法規が,契約に承認手続を経ることを要すると規定する場合,または承認及び登記手続を経ることで法律効果が発生すると規定する場合に,第1審裁判所の弁論終結前に当事者が依然として承認手続を経ず,または依然として承認手続および登記手続を経ない場合,人民法院は当該契約が発生していないと認定しなければならない。法律,行政法規が,契約に登記手続を経ねばならないと規定しているが,登記後の法律効果の発生を規定していない場合,当事者が未だ登記手続を経ていないことは契約の効力に影響を与えないが,契約の契約が表示する物の所有権及びその他の物権を移転することはできない。」

 この解釈基準をもとに、中華人民共和国では、不動産賃貸借契約の締結時に、仮に登記手続を経なかったとしても、賃貸借契約の効果は発生すると解するのが一般的である(賃貸借契約登記対抗要件主義)。つまり、上述の都市不動産管理法53条は、登記義務を課するものの、これを賃貸借契約の成立要件とは規定していないと解する訳である。

 しかし、日本法のような不動産賃借権を物権類似の考えとする立場からすれば、確かに賃貸借契約は契約の締結で成立するが、賃借権自体は、この解釈基準で示された「その他の物権」と同じように、なお移転していないと解することも、できなくはない。特に近時、債権の物権化という考え方は中国にも浸透しつつあるように感じることから、このような解釈は出てきてもおかしくないように思われる。しかしいまのところ、中華人民共和国では一般的ではないようである。

 

3 登記しなかったことによる問題
 登記が賃貸借契約の効力発生要件ではないとすれば、登記をしなかったことにより発生する問題とは何か。

 第1に、行政処罰を挙げることができよう。一般に建物賃貸借・土地賃貸借とも、登記は貸主・借主双方の義務として規定されている(土地登記規則30条、都市不動産管理法53条、都市不動産賃借管理弁法14条など)。ただし、国法であるこれらの3つの法規上、登記懈怠による罰金等の制裁は直接規定されておらず、一般には、かかる不履行の行政処罰は、地方の規則によって、貸主のみに定められている。【登記をしない→賃貸による所得を隠す】、という流れによる脱税を防止する趣旨であると思われる。しかし、賃借人にも義務がある以上、賃借人に罰金等の行政処罰を科すことができない、という訳ではない。この行政処罰は通常、各地方の規定によって定められているので、自らの関係する省や市の規則を十分調査することが必要である。

 第2に、登記をしない場合に賃借人の権利を第三者に主張できない、という問題があり得る(対抗問題)。しかし、実際は登記がなくても「対抗」できる場合もあり、賃貸借契約登記が「対抗要件」であるというのは、日本法的に言えば間違いともいえる部分もあるので、注意が必要でえある。

 例えば、賃貸借契約締結後に、貸主が第三者に所有不動産を売却したとしよう。仮に登記が「対抗要件」であるとすれば、この第三者に対し所有者は権利を対抗できないように思われるが、実際は、登記がなくても賃貸借契約が有効に成立していると解される結果、「賃借物について、賃借期間において所有権の変動が生じたとしても、賃貸借契約の効力に影響しないものとする」(契約法229条、いわゆる「売買は賃貸借を破らず」の原則)が適用され、結局、登記をしていない賃借人であっても、その後に所有権を取得した第三者に「対抗」できると解される可能性が高い(229条は動産・不動産を問わず賃貸借契約の全てに適用される条文であるので、特に登記をしていなくても適用があると考えられている。但し、賃貸借契約設定前に設定・開始された担保・執行手続には対抗できないようである。)。

 二重賃借権の設定の場合はどうか。

 貸主が同一不動産につきAさんとBさんに二重に賃貸借契約を締結しAさんが先に契約し占有したが登記なし、Bさんが登記を得たという場合を考えると、登記が「対抗要件」であればBさんが勝てそうであるが、中華人民共和国ではAさんが勝訴する可能性が高いようである。理由は、法により保護される契約とは合法的に成立したものである必要があると解されるところ、Bさんのような契約は、占有を取得しておらず、契約も後手であって合法的に成立していない、と考えるようである・・・。やや理論的ではないように思われるが、そのように説明されることが多いので仕方ない。

 このように、賃貸借契約登記は、必ずしも純然たる対抗要件であるとは見なされておらず、むしろ、現状では対抗要件という考え方が賃貸借契約においてはないといった方が良いくらいである。但し、地方の規定によっては、更に異なる解釈がなされる可能性があるので、それも注視しなければならない。

4 結語
 以上、中華人民共和国において不動産賃貸借契約の登記は賃貸人・賃借人双方の義務ではあるが、登記をしなかったからといって不動産賃貸借契約が成立していないという訳ではなく、更に登記をしなかった場合でも第三者に対抗できる場合もあるなど、不動産賃貸借契約の登記の実効性は余り高くない。もっとも賃貸人の側から見れば、未登記の場合罰金など行政処罰が課される可能性があるが、賃借人には課されない場合が多い。

 このように、中華人民共和国では不動産賃貸借契約の登記制度が不整合な状態であり、他の登記制度や、物権法・担保執行法との整合性も含めて、抜本的な改革が望まれるところである。

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