「一九五〇年の八月六日」
走りよってくる
走りよってくる
あちらからも こちらからも
腰の拳銃を押さえた
警官が駆けよってくる
一九五〇年の八月六日
平和式典が中止され
夜の町角 暁の橋畔に
立哨の警官がうごめいて
今日を迎えた広島の
町の真中 八丁堀交差点
Fデパートのそのかげ
供養塔に焼跡に
花を供えてきた市民たちの流れが
忽ち渦巻き
汗にひきつった顎紐が
群衆の中になだれ込む、
黒い陣列に割られながら
よろめいて
一斉に見上げるデパートの
五階の窓 六階の窓から
ひらひら
ひらひら
夏雲をバックに
蔭になり 陽に光り
無数のビラが舞い
あお向けた顔の上
のばした手のなか
飢えた心の底に
ゆっくりと散り込む
誰かがひろった、
腕が叩き落とした、
手が空中でつかんだ、
眼が読んだ、
労働者、商人、学生、娘
近郷近所の老人、子供
八月六日を命日にもつ全ヒロシマの
市民群衆そして警官、
押し合い 怒号
とろうとする平和のビラ
奪われまいとする反戦ビラ
鋭いアピール!
電車が止まる
ゴーストップが崩れる
ジープが転がり込む
消防自動車のサイレンがはためき
二台 三台 武装警官隊のトラックがのりつける
私服警官の堵列するなかを
外国の高級車が進入し
デパートの出入り口はけわしい検問所とかわる
だがやっぱりビラがおちる
ゆっくりと ゆっくりと
庇にかかったビラは箒をもった手が現れて
丁寧にはき落とし
一枚一枚 生きもののように
声のない叫びのように
ひらり ひらりと
まいおちる
鳩を放ち鐘を鳴らして
市長が平和メッセージを風に流した平和祭は
線香花火のように踏み消され
講演会、
音楽会、
ユネスコ集会、
すべての集まりが禁止され
武装と私服の警官に占領されたヒロシマ、
ロケット砲の爆煙が
映画館のスクリーンから立ちのぼり
裏町から 子供もまじえた原爆反対署名の
呼び声が反射する
一九五〇年八月六日の広島の空を
市民の不安に光りを撤き
墓地の沈黙に影を映しながら、
平和を愛するあなたの方へ
平和をねがうわたしの方へ
警官をかけよらせながら、
ビラは降る
ビラはふる
峠三吉
|